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生活様式美 Way of Lifestyle- 第21回 ECRITURE

ECRITURE

「これは、何ですか?」と尋ねることが、これまで以上に愚問に感じられたことはなかった。
「これは、何ですか?」「これは、美しいものです。」
西洋古物店ECRITUREにあるものは、すべてが美しいもの。かつては何か人の用途として使われたものでも、それが時を経て、全く別の物と化している。それらは言うならば、用途を超えた“時の標本”。人間の手はおろか、機械はもちろん、過ぎゆく『時』だけが成し得る錬金術。それは、『時』によって本来の用途を逸脱し、変容を遂げ、美しく枯れた生とも言えるとオーナーのKANAI氏は丁寧に語ってくれた。

打ち捨てられ、まさに時を封じ込めたかに見える砂時計。耳を澄まして静かに打ち眺めれば、そこかしこの棚から、それぞれの時を翻訳して、今ここに在る姿かたちを通して、多くのことを語りかけて来るのがわかる。確かにある人にとっては単なる瓶や鏡や人形の一部であるかも知れない。それを美しいと解するかどうかは、センス=インテリジェンス、感知すること、すなわち知性の問題だとKANAI氏は続けた。人間の知性を刺激する、芸術は何もしなくても良いもの、そこに在るだけで美しく、意味のあるものなのだと。

それは非常に徳の高いもので、その精神を高めれば戦争なども決して起こらないのだと。時のかけらのつぶやきを繋いでいくこと、橋渡ししていくこと、この枯れた美しさを今の生活に伝えていくことが、このお店の在り方を体現しているという。
用途を否定しているのではなく、用途もそれなりに価値はあるけれども、用途しか求めないのは残念なことで「これは、何ですか?」「これは、何でもありません。これは、芸術です。」という禅問答は続くわけで、表面的なことではなく、もっと心眼でものの本質を見よということだろう。

古物(ふるもの)は、時が絡むから面白くなる、ただ古ければいいというものでもない、枯れた美しさをそなえていなければならない。それはヴェネチアのような一つの都市にも見られるし、ヴィスコンティの映画の忘れ難き一場面にもあるように、ある種、屈折したものだという。

フランスに住み始めて22年目を迎えた元画家でもあるKANAI氏のこの魂のアトリエのようなお店ECRITUREは、日本に誕生して8年目となる。活動の本拠地パリと東京を頻繁に行き来しつつ、新たな入荷は約2ヶ月に一度のペースを絶やさない。KANAI氏の独特な審美眼に基づきフランスを中心に蒐集された品々の時代背景は古い物で15世紀、そして18世紀の物を中心に19世紀末までのコレクション。昔、骨董店が一見さんお断りのような閉じられた世界になってしまったことを懸念し、どなたにも間口を開いていなければ後世に継承していかないと、独自の視線と美意識をもとに広く門戸を開いている。

昨年10月1日にヴァージョンアップして、移転リニューアルオープンしたECRITURE。すでに多くの隠れファンが集まるKANAI氏のオフィシャルブログの掲載情報を逃さず入手して、見るからに粋人の空気を漂わせた国内外のバイヤーやスタイリストもやって来るが、お気に入りのファッション・ブティックに訪れるように、どなたにも気軽に訪れてほしいと笑顔で語ってくれた。


ECRITURE(エクリチュール)
〒150-0022 東京都渋谷区恵比寿南2-15-6グリーンヒルズ2階
TEL/FAX:03-6452-3834
営業時間:13:00〜19:00
定休日:月曜日・火曜日
http://www.atelierkanai.com/

文:冨田 いずみ 写真:猪又 直之 2012.05.25 UPDATE

 

まさに何をか物語る美しい靴

水を仕掛けハエを捕るユニークな瓶(左上)、魚眼レンズのような凸面に映し出される絵が面白いバロック鏡(右上)

クリスタル製の器やレリーフ陶器、そしてコレクターズアイテムのマネキンの「手」や人形の「顔」や古書など。

中国磁器の型を引用したイギリスの陶器(左下)は、砂と金粉をまぜたものを入れたもので、かつて羽根ペンで書いた文字のインクが早く乾くように、振りかけたという。博物誌の流行った19世紀にベルギーで作られた植物採集本(右下)パノー・ゴシック(フランス15世紀)家具の一部で通称はリネンプリーツ(左上)

アルザス地方のレースパーツ(左上)マリアの石膏像入り 祈りの品(右上)洗礼服のための裁断用マネキンと人形(左下)象牙のアクセサリー(右下)

教会の雨樋の中に入れ枯葉の詰まるのを防いだという鉄製の道具 19世紀