07.03.03 UPDATE

 ヒロさんこと柳町弘之さんについて書こうと思うと、どうしても"クサい"原稿になってしまう。しかしそれも仕方のないことで、真摯な人柄と人柄に起因する行いに惹かれる僕は、共感をそのまま書いてしまうからだ。
…靴づくりに対し、ヒロさんのようなアプローチをしたヒトはおそらく初めてかも知れない。そのサマは検証に検証を重ね、一部の隙も見逃さない慎重さで真理を追究しようとする科学者のようである。
 ほらね、またクサい。
 その一文は原稿にする前のメモ書きの一部だけど、何をもって僕は"科学者"になぞらえたのか。それは靴づくりのシステムだったり、靴そのものだったりする。とりわけここ数年は、ヒロさんらしさが顕著に表れていたと思う。
 靴づくりを志し、単身渡英して12年。ヒロさんには今、旨そうな脂がたっぷり乗っている。

「その人なりの靴って美しいと思うんです」
 靴の製造現場とは思えない、隅々まで整理が行き届いた工房には通常よりも足幅の大きな靴や小ぶりな靴が、納品を待って行儀よく並んでいる。
 元々ヒロさんは、木型をいじることにあまり積極的ではなかった。というのも自らの木型を想定し、築き上げたパターンが崩れてしまうからだ。しかし現在は、ほぼ例外なく何らかの木型修正を施すし、木型を一から削る"フルスクラッチ"もメニューに加えている。
 ありのままを受け入れるようになったのは、ビスポーク・シューメーカーとしての良心であり自信だが、だからといってクリエーションがなおざりになったかというとそうではない。むしろ、創作意欲は増した。
 確か一昨年の暮れだったと思うけど、「ここのところ色々なことに忙殺されました。来年は意欲的にサンプルをつくっていきたい」と語っていた。
 予告通り、06年はたくさんのサンプルが完成した。そしてそのどれもがこれまで見たことのない、唯一無二のデザインだった。「紳士靴のデザインは出尽くしたというけれど、私はそうは思いません」というかつてのコメントの有限実行だった。それは決して表層的ではなく、連綿と続く歴史が無駄をそぎ落とし、完成した紳士靴デザインの系譜に連なるものだった。親交のあるイギリスのシューメーカーも驚いていたという。
 熟考の末にたどり着いた現在の立ち位置を見ていると、やはりこの原稿を終わらせるには冒頭の下書きを本番にアップしてしまうに限る。唯一"科学者"らしからぬミスジャッジは自らを"トリプルスリー"と評したことで、しかしだから、ヒロさんにはファンが多い。

企画・取材・文:竹川 圭 写真:是枝 右恭 デザイン:クラスターワークス

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 丸ごと一足自らの手でつくり上げたいというのがこのたびのブームの無垢なスタンスで、実際多くの若手はそのような道を選んでいる。ヒロさんもシューメーカーとしての振り出しは一人だったが、現在は常時3人、パートまで含めれば4人という陣容になった。
「私は松井やイチローのようなタイトルホルダーではない。どちらかといえばトリプルスリーといったところでしょうか」
 トリプルスリー。3割、30本塁打、30盗塁を意味する野球用語。その世界では一流の選手を指すが、ヒロさんがいいたいのは職人としての図抜けた才はないという謙遜でもし本音なら随分と自分を低く見ていることになる。ま、ここでは置いておくとして、結論としてヒロさんは分業に挑戦した。手製靴をビジネスとして成り立たせようと思えば当然の選択だけど、そこはヒロさん。かつてない分業にアプローチした。
「各人が多くの工程を受けもつようにしました。お客様の足を採寸したスタッフが木型を削る、型紙を作成したスタッフが革を裁断し、製甲するといった具合に。一人ひとりの守備範囲は英ビスポーク工房よりも広い。流れ作業とは一線を画し、したがってモノづくりの実感が得られ、自らの仕事に責任感が芽生えます。まだまだチームとしては脆弱で、強固にしていかなければなりませんが」
 それはスタッフのモチベーションを上げるためだけの態勢ではない。客の足を見た職人が最も、その足を熟知している。足入れを決定付ける木型を削るのは必然なのだ。
「様々な可能性を模索することで、靴づくりに奥行きが生まれると思うんですよね」

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やなぎまちひろゆき
大手電機メーカーのデザイン研究所勤務を経て95年、単身渡英。コードウェイナーズ・カレッジを首席で卒業。99年、ワールド フットウェア ギャラリー神宮前本店にオープンワークショップ「ワークス・オン・ザ・ニー」を開設。