洋服は家に帰ればハンガーにかけるでしょ。
シューツリーを入れてやるのは同じことなんですよ、といったヒトがいる。
汗を吸った靴は放置するとスルメのように反り返ってしまう。
シューツリーはそれを防ぐための手入れの基本。上手いコトいうものだなぁと思ったけど、
選ぶ靴だけはどの国よりも豊富に揃うようになったここ日本で今、
僕らに必要なのはスペックの知識じゃない。ギアとしての靴といかに付き合うかだ。
これに実にユニークな観点でアプローチし、自分の夢を叶えてしまったのが長谷川裕也さんである。

靴磨きを軸にした驚きのビジネスモデル

 ちょうど一人の客が金を払って帰るところだった。すれ違い様の男は、心なしか顔を上気させているように見えた。
「懇意にしてくださる会社の部長さんが『オレが金を出してやるから磨いてもらって来い』って、新入社員を何十人と寄越してくれたことがあったんです。ああして何人かは、今も顔を出してくれます」
  試しに磨いてもらった。これまでの手入れ不足を恥じ入る気持ちもあったけど、それよりも艶やかな足元は何だか誇らしくて、やっぱり僕も上気するのがわかった。
  長谷川裕也。23歳。職業、靴磨き職人。路上での商売を皮切りに、現在はプルデンシャル生命など複数の企業と訪問して靴を磨くという契約を結び、有楽町阪急では毎週パフォーマンスを披露、ウェブを通じた宅配サービスも行っている。
  難しそうな雑誌で新たなビジネスモデルとして取り上げられてもおかしくない商売のカタチを築いた今も、路上で靴を磨き続ける長谷川はいう。
「足元に革命を起こしたい」
  路上靴磨きは戦後の救済措置として許可された。そのせいか、正当な評価が与えられていたとはいい難い。しかし素人がどう頑張っても無理な輝きをモノの数分で靴に与えてしまう彼らは、プロなのだ。
  何とも大言壮語な長谷川の座右の銘は、履き手の意識改革を願うだけでなく、靴磨きを誇れる職業に・・という裏テーマもある。

ビジネスマンで賑わう山手線某駅の通路脇が、彼の仕事場だ。営業時間は月水金の昼の12時から20時まで。

使い込まれた道具が整然と並ぶ。一級の職人は道具を大切にするものだ。

店の横に立てかけられる黒板。思いついたことを書き込むが、常にアツいコピーがポイント(笑)。

はせがわゆうや
地元千葉の製鉄会社、英会話学校、アパレルショップを経て06年、靴磨き職人として独立。現在は出張&宅配サービスやイベントのパフォーマーとして活躍するが、月水金の3日間は路上で靴を磨き続ける。23歳。
http://www.kutsumigaki.com/

企画・取材・文:竹川 圭 写真:是枝 右恭 デザイン:光藤 剛

ワックスは数日フタを開け放し、不純物を蒸発させてやるのがコツとか。純度が上がり、輝きが増すという。職人らしく、道具には何かしらカスタマイズを施している。乳化性クリームにいたっては自ら調合している。

 今、長谷川の元には取材依頼が引きも切らない。きっかけはある思いつきだった。
「何か花火を打ち上げたいなぁと。閃いたのが全国路上靴磨きの旅(笑)。そんなこときっと誰もやったことがないはず」
  そう思うが早いか、出発していた。一ヵ月に及ぶ旅の間、欠かさずブログを更新した。地方で靴を磨いてもらおうなどと思うヒトはそうはおらず、帰京の際は「財布に50円しか残っていなかった(笑)」。
  社会人の振り出しは、地元製鉄会社。その後英会話教材の営業、アパレル業界の販売を経るのだが、転職を繰り返す彼をいわゆる仕事が長続きしない若者と決め付けたら早計だ。転職後の職場ではどちらも史上最年少で、前者は19歳のときに課長に、後者は20歳で副店長に抜擢されているのだ。向上心のない現場の空気への違和感だったり、無理がたたった体調不良だったり、しかるべき理由が次の一歩を踏み出させている。
  結果的に長谷川は店長のポストを蹴って、靴磨きの道を選ぶ。そのときのコメントが振るっている。
「店長と社長どちらを選ぶかといえば、考えるまでもありません。僕は小学生の頃から、社長になるのが夢だった」
  靴磨きには、ふたつめの会社を辞めたときに出会っている。なかなか次の就職先が決まらず、日銭稼ぎに始めたのだった。しばらくして件のアパレル会社から採用の通知をもらうのだが、すでに魅力に取りつかれていた。
「お客さんには経営者クラスが多い。その道で成功したヒトのいろんな話が聞けるんですよ。お店が休みの日は路上に出ました。お前はへたくそだな〜っていわれて、ワザを極めてやろうなんて闘志も湧いて(笑)」
  まっすぐな気持ちとバイタリティ、そして山っ気。それなりの地位についたヒトが若かりし頃の自分と重ね合わせてしまっただろうことは容易に想像がつく。
  馴染み客の一人から「うちに来て磨かないか」と誘いを受けて、出張靴磨きというサービスが生まれる。商売の核ができた長谷川はそれからほどなく、独立を果たす。
「母がキャバクラを経営していて、それで育ててくれました」
  靴磨きを始めることに一言も反対せず、今では息子が載った記事のスクラップを楽しみにしている。まだまだ現役で、「今度はバーを出そうかしら」といっているそうだ。
「母は世界一のサポーターです」と笑う長谷川は、ひどく大人びて見えた。