クラシックを逸脱することなく、
自らの感性を吹き込むそのさじ加減は国内はおろか、
海外を見渡しても群を抜いているといっていい。
職人としての技量はもちろん申し分ない。
それを証明するようにこの1月、とくに告知もせず、
静かに始まったビスポークにすでに10人近い注文が入った。
と、ここまでいいこと尽くしだが、
惜しむらくはこのヒト、天邪鬼なのだ。それも飛び切りの(笑)。

謙虚が生んだ「屈」な性分

「屈」という字を調べたら、偏屈、理屈、屈折と実に早藤らしい熟語が壮観に並んだ。とにかく偏屈で、それは職人ならではかと思いきや、理屈っぽくて話が長いところはちょっと異なる。職人というものは口数が多くてはいけない。どこか屈折してるなぁ、てな具合である。
「職人は黒子であるべきです。だから表に出るのはどうかと思っていた。決して卑下しているんじゃない。プライドは持つべきですよ。ただ、与えられた役回りってのがあるでしょ」
始まった。こうなると早藤は止まらない。
「本当なら、師匠のディミ(プロフィール参照)の下でボトムメーキング(底付け)のクラフツマンとしてやっていけたらどれだけいいか。ずっと後の時代に『この靴、いい靴だね、何でも早藤って男が底付けしたらしいよ』なんて靴ありきで思い出してもらえるのが理想です」
「そもそもデビューはまだ早いと思っています。ディミにもお前は37歳になったらいい職人になるっていわれていたし。その歳は靴づくりを始めて10年なんですね。技術的にはそれなりの自信もありますが、プロは腕がいいだけではダメで、時間という制約の中で安定したクオリティが求められる。ただ、何事も経験かなと今は少し前向きになっています」
こうして彼のコメントを再録してみると、実は決しておかしなことはいっていない。むしろ謙虚な人間性が浮かび上がってくる。聞いていると辟易することも間々あるが(笑)、自らの職業、仕事を真摯に見つめているからこそだろう。もう一度、「屈」という字を辞書で引いたら、屈強や屈起という熟語が見つかった。後者は抜きん出ている、という意。早藤は日本人には珍しい、出る杭なのだ。

清潔だが、窓のない穴蔵のような工房は「作業に集中するのにはいいけど、息苦しくなることもある(笑)」。で、息抜きに描いた落書き。かつて筆を使う仕事をしていたこともあったそうで、さすがの絵心

企画・取材・文:竹川 圭 写真:是枝 右恭 デザイン:光藤 剛

納品待ちのこの一足。正真正銘、ハンドソーンウエルトである。にも関わらず、出し縫いに欠かせないコバが1oたりとも露出していないのがわかるだろうか。この仕様をブラインドウエルトという。

こちらがビスポークサンプル。シルエット、パターン、ディテール。どれひとつとっても凡庸の真逆にある。オーダー常時受付。納期4ヵ月(仮縫いあり)。ビスポーク価格45万円〜。タイ ユア タイ青山TEL.03-3498-7891

かつて予備校に通っていたとき、有名講師がいると聞けば別の学校でも潜入して受講するタイプが少なからずいた。ブランド志向と横並び意識が見え、うんざりしたものだった(うんざりしつつ、僕もその一人だった)。現在の手製靴業界は、似た空気を感じるときがある。誰もが門戸を叩けるようになった結果であることを考えれば、悪いことではない。しかし、それはあくまで無責任な一般論に過ぎない。学校を出たからといってその先が保証されている世界とは違う。自らモノを考え、行動に移す主体性が求められる。早藤のようなアクが、必要なのだ。 経歴を見てもらえばわかるように、今のポジションをたぐり寄せたこれまでは天晴れだ。
ロンドン、パリとひとつところに留まらなかったが、おかげで凝り固まった思考を免れ、そんなスタンスが靴づくりで華開いた。
1920年代あたりのパリの街並みをイメージしているという早藤の靴は、実に新鮮だ。ロールアップさせたデニムに似合いそうな顔つき。ザ・フーやXTCといった英ロックに心酔する感性も影響を与えているのかも知れない。
日本のシューメーカーの多くは職人技の向上に心血を注ぐ。そして判で押したように、つくる靴はドレスの範疇だ。プロダクトとしての美しさはあるが、履くシーンやスタイルに想像が広がることは少ない。言ってみればそれ単体で完結する、工芸品だ。
「僕もドレスシューズは好きだけど、それがすべてじゃない。音楽も洋服も好きだし、靴はそのひとつに過ぎない。靴の話を酒の肴にしたり、靴づくりに命かけてますってスタンスは、だから鼻白む」
ホントに天邪鬼な男である。しかしここまで尖った杭はいっそ、気持ちがいい。

はやふじりょうた
高校卒業後、職を転々とするが、音楽好きが高じて95年、渡英。一旦帰国、靴屋にて軍資金を稼ぎ、再び渡英、コードウェイナーズ・カレッジ入学。在学中にイギリスで五指に入るといわれるシューメーカー、ポール・ウィルソンに師事、卒業後に渡仏、パリのクロケット&ジョーンズの一切を取り仕切るディミトリ・ゴメスの元で研鑽を積む。04年よりタイ ユア タイの修理を担当、08年、ビスポークを開始する。35歳。

一般的に良い靴とは履いている内に足に馴染んでくるといわれている。これはコルクなど中物が加重により沈み、足のカタチになるということなのだが、それはあくまで既製の話。「ビスポークに慣らし運転はいりません。オーナーの足を採寸してつくっているのですから、履いた瞬間吸い付くべきもの」。だから一部の隙もないよう、インソールを叩いて木型に沿わせるのだ。

叩きに欠かせないハンマー。もち手のこの肉厚な感じ、早藤にぴったりだ。