年に1回、中川はイギリスに渡る。修理の部材と店の片隅で売るリジェクテッドシューズ(検品でハネられた靴)、趣味でもあるアンティーク家具の仕入れが目的だ。
ところが今年は半年待たずに渡英した。予想を上回るペースで靴が売れ、残りわずかとなったためだ。
「あくまで修理が本業ですが、それだけだと味気ないでしょ。お客さんの目を楽しませることができればと思って始めました」
はじめて勤めた靴修理の会社はBGMがAMラジオで、夕方になると水戸黄門の再放送にテレビのチャンネルが合わせられる。自らの手を動かし、見違えていく靴に感動、腕をメキメキ上げていったが、その内、そういう環境が辛くなった。
「ハイクオリティな部材で精度の高い修理を志す。当たり前のようでいて、日本の修理業界では盲点でした」
独立を決めると、イギリスに向かった。日本では決してお目にかかれなかった部材が山のようにあった。
修理の技術はおそらく世界を見渡しても最高峰にあるが、決して慢心しないところも強み。良かれと思ってやったことでも、客によってはノーをいうケースもある。そういうクレームの手紙は工場内に張り出し、スタッフ間でコンセンサスを図るという。
あくまで修理が本業、という考え方からお値打ちなリジェクテッドシューズや日本で展開のない靴に絞って扱っている。後者に該当するのが、中川が惚れ込むシュナイダーブーツやこちらのトリッカーズのダブルネーム。コバの張り出しをマックスにし、スピリットウエルトの高さをもたせ、メダリオンの地は黒で仕上げている。かつてイギリスで購入した一足(奥)のディテールを再現している。5万7750円/ユニオンワークス渋谷店TEL.03・5458・2484
「カブトムシが集まるクヌギの木。あれを見つけた子供時分の感動が蘇った」
そうしてスタートした店は当初こそ苦労したものの(トップリフトの交換に来た客に修理代金は1000円になると答えたところ、『ふざけんじゃないわよ、この靴は3000円で買ったのよ』と言われたこともあったとか・笑)、高級靴ブームに乗り、かつて存在しなかった店として程なく軌道に乗った。
海外から仕入れた部材や店に彩りを与えるリジェクテッドシューズが好例だが、ユニオンワークスは修理屋のイメージを小気味いいくらい、ことごとく裏切ってくる。石畳が似合いそうな、アンティーク什器に囲まれた店。トコトンつくり込んだスタッフユニフォーム。垢抜けたスタッフによる真摯な接客。例を挙げればキリがない。
「独立したころ友人に誘われたパーティに参加してね、仕事を聞かれたわけです。あのときの悔しさは忘れませんねぇ」
見返したいというきわめてシンプルな欲求。イギリス出張の前倒しは、中川が胸に秘めてきた思いの丈をぎゅっと凝縮させることができた勝利だ。彼の世界観にユーザーがアタってしまったのだろう。
「寝食を忘れて働きました。物理的に考えてこれ以上は無理だと気付いたとき、スタッフを雇おうと決めた」
自らの腕一本で評価された人間は、往々にして仕事を任せるのが苦手だ。「当時のレベルでは今の検品は通らない」態勢が築けたのは、ある程度の基準さえクリアすればその先は委ねたからだ。つまり現場の自主性が、さらなる向上を生んだ。
中川が珠玉の一冊として挙げる小説はカズオ・イシグロの「日の名残り」だ。ブッカー賞を受賞したその名著はさびれゆくイギリスの貴族文化を執事の立場から紡いだもので、かの地の生活様式が余すことなく伝えられている。控えめに尽くす執事が、英国靴とオーバーラップするという。写真は昼時も近隣で働く人々で賑わう青山店。
オリジナルのトップピース。「イギリスにも格好いいと思えるものが減っていき、ならばと型から起こしました」。秋にはハーフラバーなど新たなアイテムも登場する。さらにレザーソールも今一度、最上を求めて研究中という。3150円。
店の運営に対してもそうで、彼が言うのはただひとつ、「自分がどう接客されたら嬉しいかを考えて欲しい」。マニュアルは一切ない。スタッフは自らの頭で考えるから通り一遍ではない、温かみのある接客が可能になる。とかく修理技術が注目を集めるが、接客にももっとスポットが当たっていい。
中川をして「士気の高さは異常」と苦笑するほどスタッフは情熱的、という。たとえば、こんなエピソード。
入社したばかりの新人をバーへ連れて行ったときのこと。中川は改めて、「靴の修理なんか、恥ずかしくないのか?」と尋ねたそうだ。するとそのスタッフは「何を言っているんですか。ユニオンですよ。皆に自慢できます」と答えたそうで、不覚にも涙をこぼしそうになったという。以前雑誌でも書いたが、これには僕も顔がゆがんだ。
ユニオンワークスを形容するなら、しなやかな有機体、がしっくりくる。そんな組織がつくれたのは中川の美意識と舵取りのうまさゆえだが、じつは要所に顔をのぞかせる浪花節な一面こそ見逃せないと思っている。
04年にオープンした青山店はユニオンワークスを日本に知らしめる起爆剤になった。全身黒で覆われたファサードは、お洒落なショップが多いその界隈でもひと際異彩を放っている。
なかがわ・ひろやす●1965年生まれ。大学卒業後、職を転々とし、靴修理の世界へ。2年後の1994年、ユニオンワークス設立。今では直営3店舗と工場、21人のスタッフを抱える業界屈指の存在だが、現場の手に余る修理は「中川モノ」と呼ばれ、いまも中川が担当している。
企画・取材・文:竹川 圭 写真・是枝 右恭 |