最新万年筆特集 - 至高の一本を手に入れる
半世紀以上前から権威やセンスをアピールするビジネスアイテムは万年筆だった

たった1本の万年筆が歴史を大きく動かすこともあれば、日常のビジネスの中で、小さな幸運をもたらしてくれることもある。ステージは違えども、自分の知性や感性を表現する最強のビジネスアイテムであることは確かだ。

近代史の重要な場面に登場した万年筆

2度にわたる大戦など、激動の20世紀の歴史を振り返ってみると、エポックメーキングな出来事の際には必ず筆記具(とくに万年筆)が登場した。たんなるめぐり合わせなのかはわからないが、その後の運命を託されるという重要な役割を担っていた。
1951年(昭和26年)、サンフランシスコ市内のオペラハウスで開かれたサンフランシスコ講和条約(対日平和条約)で、吉田茂首相がシェーファーのデスクペン(万年筆)を使って署名をした。そのときのモデルが1942年から発売されていたロングセラーモデルの「トリンプ」である。ペン先のデザインがユニークな形状をしており、ラップアラウンドニブと呼ばれる巻き込み型だった。これは硬めの書き味が特徴だったため、おもに速記を必要とする職種の人たちに愛用されていたらしい。
1945年の太平洋戦争終結文書の調印に、連合国側代表のダグラス・マッカーサー元帥がパーカーの「デュオフォールド」を使用。
また、1992年にジョージ・H・W・ブッシュ大統領とロシアのボリス・エリツィン大統領の間で交わされた軍縮予備条約の際にも、パーカーの「デュオフォールド・オレンジ ローラーボール」が使用されている。そんな経緯からパーカーの筆記具は「平和のためのペン」と称されている。

1930年にロンドンで開かれた海軍軍縮条約調印式で、パイロットの蒔絵万年筆が署名に使われた。現在はパイロット「Namiki」シリーズにその高い技術が継承されている。

ケネディが見せた気遣い

1963年、ドイツのケルン市で、ゴールデンブック(芳名録)に西ドイツのコンラート・アデナウアー首相が署名する際に、自分の万年筆が見つからないという珍事が起こった。そのとき、ジョン・F・ケネディ大統領が「私のペンをどうぞ」とモンブランの万年筆をさりげなく差し出したという。当時すでに高齢だったアデナウアー首相を気遣うケネディの優しさとユーモアのセンスを伝える、心温まるエピソードである。ちなみにこのときどのモデルが使われたかの記録は残っていないが、おそらく調印式モデルといわれる「マイスターシュテュック149」ではないだろうか。

写真左はモンブランを代表する万年筆「マイスターシュテュック149」

国家元首、愛用万年筆

イギリスでもっとも人気の高い政治家はやはりウィンストン・チャーチルだろう。軍事戦略だけでなく文才にも恵まれた独創的な人物だった。そんな彼が愛用した万年筆は、1905年にロンドンで創業したコンウェイ・スチュアートである。チャーチルが生きていた時代の同社の製品は高級品というよりも庶民から愛される質実剛健な普及品だった。そんな飾らないところにチャーチルは惹かれたのかもしれない。いずれにせよ愛用品を見れば、持主の人となりがわかるというものだ。
余談だが一度市場から消えたコンウェイ・スチュアートは1998年に復活を遂げ、それ以降はハンドメイドにこだわる高級筆記具メーカーに成長している。現在の同社を代表するシリーズが「チャーチル」である。
アメリカの大統領はやはり自国のブランドを愛用していたようだ。リチャード・ニクソンやロナルド・レーガン両大統領もシェーファーの万年筆を愛用していた。写真撮影を承諾していることを考えれば、シェーファーを持つことは高いステイタスを意味し、さらに自分らしさを表現しているということだ。

1998年のバーミンガム・サミットの際に、ビル・クリントン大統領よりコンウェイ・スチュアートへ贈られた感謝状。

こちらもバーミンガム・サミットの際に、開催国のトニー・ブレア首相よりスポンサーになったコンウェイ・スチュアートへ贈られた感謝状。

1994年のナポリ・サミットで公式ペンに選ばれたデルタ。写真はその後に発表された記念限定モデルの広告。

2008年10月に開催された世界自然保護会議の公式ペンに選ばれた、ビスコンティ「オペラエレメンツ」。

取材・資料協力: BICジャパン(シェーファー)、ニューウェル・ラバーメイド・ジャパン オフィスプロダクツ事業部(パーカー)、パイロットコーポレーション(パイロット)、モンブラン ジャパン(モンブラン)、ニチユー(コンウェイ・スチュアート)、ダイヤモンド(デルタ)、日本シイベルへグナー(ビスコンティ)

1951年、サンフランシスコ講和条約(対日平和条約)で、吉田茂首相がシェーファーのデスクペン「トリンプ」で署名を行った。

1945年の降伏文書調印式で、連合国側代表のダグラス・マッカーサー元帥がパーカーの万年筆「デュオフォールド」を使用した。

記憶に新しい1992年の軍縮予備条約調印。ジョージ・H・W・ブッシュ大統領とエリツィン大統領はパーカーの「デュオフォールド・オレンジ ローラーボール」を使用。

日本製も使われていた

国際的な調印式では自国の筆記具メーカーのものを選ぶことが多い。1930年にロンドンで開かれた海軍軍縮条約調印式では、パイロットの蒔絵万年筆が、各国全権代表の署名に使われた。実際はパイロットの前身である並木製作所がダンヒル社と提携して欧米に輸出したブランドで、日本伝統の蒔絵を胴軸およびキャップ部分に描いたもの。当時、ジャポニズムの影響か、蒔絵万年筆は海外で高く評価されていた。そんな追い風があったとはいえ、日本の万年筆が海外の重要な調印式で使われたことは名誉なことだ。

1963年当時、80代という高齢だったアデナウアー首相に、モンブランの筆記具を差し出したジョン・F・ケネディ大統領。

葉巻、スリーピースのスーツ、懐中時計のチェーンなど、記憶に残る持ち物を愛用したウィンストン・チャーチル。コンウェイ・スチュアートの「チャーチル」は1924年のデュロシリーズをベースに、彼が愛した葉巻を模した太いボディが魅力である。

リチャード・ニクソン大統領もシェーファーを愛用(1971年の写真)。

ロナルド・レーガン大統領も就任中はシェーファーを愛用していた(1983年の写真)。

現在も重要な国際会議で使用される万年筆

現在では毎年開催される首脳会議のサミットをはじめ、要人が集う国際会議などのギフトとして万年筆に代表される高級筆記具が選ばれるようになってきた。1998年にイギリスのバーミンガムで開催されたG8(8カ国の首脳による会議)では、イギリス政府より公式に認められた「コンウェイ・スチュアート」の筆記具がギフトとして各首脳へ配られている。いわゆる開催国らしさが詰まったお土産なのだが、コンウェイ・スチュアートは創業が1905年と古いこと、一時期工場が閉鎖された後に復活していること、チャーチルをはじめ多くのイギリス人に愛されたブランドということが決め手になったのではないだろうか。
1994年のナポリ・サミット(G7)では各国首脳の調印式でイタリアのデルタの万年筆が使用され、デルタは国際的なブランドに成長した。最近では2008年10月にバルセロナで開催された国際自然保護連合(IUCN)主催による世界自然保護会議で、オフィシャルライティングツールとして同じくイタリアのビスコンティの万年筆「オペラエレメンツ」が使用されている。
筆記具ブランドの製造技術が高くなった現在、開催される場所に馴染みのあるブランドやシリーズ、さらにメッセージ色の強いデザインということも選考の基準になるのだろう。
今後サミットなどの重要な国際会議がアメリカで開催されるとき、バラク・オバマ大統領はどの万年筆を選ぶのだろうか。そこにアメリカらしさ、自分らしさを反映させることは間違いないだろう。今から楽しみである。