![]() たった1本の万年筆が歴史を大きく動かすこともあれば、日常のビジネスの中で、小さな幸運をもたらしてくれることもある。ステージは違えども、自分の知性や感性を表現する最強のビジネスアイテムであることは確かだ。 2度にわたる大戦など、激動の20世紀の歴史を振り返ってみると、エポックメーキングな出来事の際には必ず筆記具(とくに万年筆)が登場した。たんなるめぐり合わせなのかはわからないが、その後の運命を託されるという重要な役割を担っていた。 1930年にロンドンで開かれた海軍軍縮条約調印式で、パイロットの蒔絵万年筆が署名に使われた。現在はパイロット「Namiki」シリーズにその高い技術が継承されている。 1963年、ドイツのケルン市で、ゴールデンブック(芳名録)に西ドイツのコンラート・アデナウアー首相が署名する際に、自分の万年筆が見つからないという珍事が起こった。そのとき、ジョン・F・ケネディ大統領が「私のペンをどうぞ」とモンブランの万年筆をさりげなく差し出したという。当時すでに高齢だったアデナウアー首相を気遣うケネディの優しさとユーモアのセンスを伝える、心温まるエピソードである。ちなみにこのときどのモデルが使われたかの記録は残っていないが、おそらく調印式モデルといわれる「マイスターシュテュック149」ではないだろうか。 ![]() 写真左はモンブランを代表する万年筆「マイスターシュテュック149」 イギリスでもっとも人気の高い政治家はやはりウィンストン・チャーチルだろう。軍事戦略だけでなく文才にも恵まれた独創的な人物だった。そんな彼が愛用した万年筆は、1905年にロンドンで創業したコンウェイ・スチュアートである。チャーチルが生きていた時代の同社の製品は高級品というよりも庶民から愛される質実剛健な普及品だった。そんな飾らないところにチャーチルは惹かれたのかもしれない。いずれにせよ愛用品を見れば、持主の人となりがわかるというものだ。 ![]()
取材・資料協力: BICジャパン(シェーファー)、ニューウェル・ラバーメイド・ジャパン オフィスプロダクツ事業部(パーカー)、パイロットコーポレーション(パイロット)、モンブラン ジャパン(モンブラン)、ニチユー(コンウェイ・スチュアート)、ダイヤモンド(デルタ)、日本シイベルへグナー(ビスコンティ) ![]() 1951年、サンフランシスコ講和条約(対日平和条約)で、吉田茂首相がシェーファーのデスクペン「トリンプ」で署名を行った。
国際的な調印式では自国の筆記具メーカーのものを選ぶことが多い。1930年にロンドンで開かれた海軍軍縮条約調印式では、パイロットの蒔絵万年筆が、各国全権代表の署名に使われた。実際はパイロットの前身である並木製作所がダンヒル社と提携して欧米に輸出したブランドで、日本伝統の蒔絵を胴軸およびキャップ部分に描いたもの。当時、ジャポニズムの影響か、蒔絵万年筆は海外で高く評価されていた。そんな追い風があったとはいえ、日本の万年筆が海外の重要な調印式で使われたことは名誉なことだ。 ![]() 1963年当時、80代という高齢だったアデナウアー首相に、モンブランの筆記具を差し出したジョン・F・ケネディ大統領。 ![]() 葉巻、スリーピースのスーツ、懐中時計のチェーンなど、記憶に残る持ち物を愛用したウィンストン・チャーチル。コンウェイ・スチュアートの「チャーチル」は1924年のデュロシリーズをベースに、彼が愛した葉巻を模した太いボディが魅力である。
![]() 現在では毎年開催される首脳会議のサミットをはじめ、要人が集う国際会議などのギフトとして万年筆に代表される高級筆記具が選ばれるようになってきた。1998年にイギリスのバーミンガムで開催されたG8(8カ国の首脳による会議)では、イギリス政府より公式に認められた「コンウェイ・スチュアート」の筆記具がギフトとして各首脳へ配られている。いわゆる開催国らしさが詰まったお土産なのだが、コンウェイ・スチュアートは創業が1905年と古いこと、一時期工場が閉鎖された後に復活していること、チャーチルをはじめ多くのイギリス人に愛されたブランドということが決め手になったのではないだろうか。 |













